メイト界の三大メイト(ソウル・ボディ・プレイ)とかあげまんとかSpecialとかPrecious Oneとかを捜している太陽頭のエロな初老がABCより無料動画でGな日々を騙る。


追悼プレイ中
2009年10月31日(土) 18:36
プレイボーイ講座12章

●勤●●●●先●●●の一部が、特需にわいている



49歳の
2009年10月26日(月) 17:15
横山剣さんの実演を、
中野サンプラザの良席で観ながら、
この1週間頭から離れなかった、
加藤和彦さんのことが頭を過ぎった。

余計なお世話で計算をしていたら、
確か45歳を最後にソロとしては活動をしてなかった。

中野サンプラザの実演を堪能して、
駅前の笑笑270円厨房で食事をして、
NHKの追悼番組を見たら、
30代から40代の、
ソロとして創作の高みにあっただろうときのことにほとんど触れておらず、
知らない人が作ったんじゃないか、
とごく普通に思った。



最初に買ったのは、
2009年10月20日(火) 18:36
確か『Bar American』という、
ワーナー時代のベスト盤だった。

どこかで聞いたことがあるのに、どこでも聞いたことのない音

のような表題のエッセイがついていた。
一連の報道と、
連なるツイッターを読んでいて、
ああ、同じ時期にもう一つそういう音楽があったんじゃないか。
奇しくもエグゼクティブプロデューサーは同じはずで、こっちは名実共に「金字塔」になったんじゃないか。
と思い出した。

「A LONG VACATION」

ミュージックマンネットのインタビューで、
子供のころ、友人が一人もいなかった
とさらっと言ってたのはちょっとびっくりだった。
しかし、ソロに関してプロデューサーがいない、というのは、
今、産業の観点から考えてみると、
エグゼクティブプロデューサーがいないということでもあるのかと思い至り、
それが2度の再活動につながったような気もして。

40代の作品は、
マルタの鷹
ボレロ・カリフォルニア
だけだったと思う。

作詞をなぜ自分でしなかったかは、
どこかで話してなかったんだろうか。



使い方の
2009年10月20日(火) 18:00
分からなかった、ツイッターで、
今もその後の話を読んでいる。

サックス吹きの菊地さんが聴いていた、
というのは初耳で、ぺぺ・・・もある意味では
ヨーロッパ三部作かあ、と思ったりする。

「世の中で音楽が必要とされなくなった」というらしい遺書の意味は、
携帯とかiPodでしか聴かれないものが音楽なのか、と
そういう音楽はつくれない、
ということなのかと解釈してるのだが。

パッケージで買うし、買ってるけど
キングクリムゾンはいつ聞けばいいのかと思うし。
もちろん、音楽はいつ・どこで聴いてもいいわけだが、
本を読むように音楽を聴く、
そういう態度だけは、たぶん確実に失われたのではないか。

ただ、遺書の言葉が、
「うつ」のバイアスがかかってるかもしれず、
それがなんか辛い。



朝9時から
2009年10月19日(月) 01:45
10時間近い現場を終えて戻り、
気になって続報を探すと、
第一報にはなかった、
だがなんとなくあると思った「うつ」「借金」の文字を見つける。

小説家なら別だろうが、
業種的には「悠々自適」でいいと思われる年齢で、
量産しなければならないのに、
できなかったらそりゃあなあ。

ニュースでも代表曲として挙がるのは、60年代、70年代の曲ばかりだし、マクロスのは知らなかったが、作家として印税の恩恵を受けていたのか、よく分からない。
二番目の夫人が稼いでいたのは、主には結婚する前のことだったと思うし。

夜中、「レコーディングデータ」を偶然聞いていたら、差し入れした3人中、2名が鬼籍に入っていたと知り、それはそれで愕然とした。

ロックンローラーなら興行で稼ぐんだろうが、
自作以上に、自演で稼ぐ人ではなかったし。
日本人には本当に珍しいスノッブな人だから、
やりたいことができない、が
やりたいことがない、
になった。のかもしれない。

お別れの会がどうか多忙期に当たりませんように。




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